Cat Fez Blog

2022/03/02 14:11


キジトラのミウは日の出町駅近くのライブハウスThe Impression club と隣の雑居ビルとの狭い隙間をゆっくりと通り抜けるのが大好きだった。時々背の高い優しいヒトがこの狭い路地の端にカリカリを置いておいてくれることがあるからだった。


 大爆音の出演バンドの演奏が始まる前にやや絞ったBGMを聴きながら高揚して飲んだり食べたり楽しそうにザワザワ談笑するヒトたちの気配を感じるのがなんとも言えず好きで自分まで幸せになった感じがした。

 昨夜のBGMのJoan Jett and The Black Hearts の” I love Rock’n’Roll” から David Bowie の “Ziggy Stardust” へ変わる頃、ちょうどミウは通りから折れて狭い路地に入り欠伸をしてからゆっくりと香箱座りをした。一度聴いたら忘れられないギターのリフが彼女の耳の密集した細かい毛の一本一本まで春の夜風に踊って沁み通る感じが心地良かった。


そして路地を抜け大通りを渡って今夜もいつものように右に左に跳びながら全力でダッシュして坂を登り、ヒトケの絶えた夜の野毛山動物園へ忍び込んだ。そこはいろんな動物たちが微睡みながら救いを求める寝言を呟いているようにミウには聞こえた。それがとても悲しくてやりきれなかった。ペンギンやクロコダイルのおこぼれを狙っていつものコースで周回したけれど今夜は何も手に入れられなかった。ライバルのリュウに先を越されたようだった。


「また何にも食べられないよ。」


仕方なしにまた戻り、 The Impression club の壁づたいに匍匐してさっきまではなかったカリカリにありつく事が出来た。あの背の高いオーナーが置いてくれたのに違いなかった。そして今夜のBGMはピアノのイントロが印象的な Al Stewart の” Year of The Cat “から Donald Fagen の”Morph the Cat “へ移って行った。でもミウには「猫年」の妖艶な女のヒトも、猫に喩えた哲学的な死生観も全く関係なく、今日この一瞬を食いつなぐのが大事なことだった。


 四角くて細長い夜空を見上げると弱々しい三日月に宵の金星が近づくのが見えた。曲は JLC の “Finger”に変わっていた。


「ワタシはあとどれくらい生きられるのかな?」

「明日も何か食べられるかな?」

「ワタシたちって何なんだろう?いつ産まれたんだろう?どこへ行くんだろう?」

「覚えてるけどもう忘れちゃったよ。」


「優しいヒトに会えるかな?」